2018年06月11日

きょうのことば 里帰りをさせてあげたい


 



岡山大学 臓器移植医療センター長 大藤剛宏氏は 知られた生体肺の移植専門医

彼の移植チームが軌道に乗り始めた頃に 40代女性の脳死肺移植があった


彼女は「落ち着いたら旅行に行きたい」


「どちらへ?」


「北海道へ」


「カニが美味しいですね」
と言うと

女性は微笑んだ


「里帰りをさせてあげたいのです」


肺のドナーは北海道の人だったのだ




DOCTOR'S MAGAZINE 2018 6月号より 引用




なかなか ここまで配慮できる患者は少ない


というよりも いかにも日本人的な発想


脳死した人は 肉体が完全に死滅したわけではない


移植された女性の体内で 生 を紡ぎ続けるのだ



自身の子が脳死

その臓器を提供されて 元気になったドナーの患者のもとを

死んだわが子に会いに行く感覚で 毎年 会いに行く親もいる


これとて レシピアント側 移植を受けた患者や その家族の感謝と理解がなければ 受け入れられないだろう























posted by 美容外科医ジョニー Plastic Surgeon Johnny at 12:30| フランクフルト | Comment(3) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月02日

小2のとき 入院したのを思い出した "déjà-vu"





きょう5月2日 水曜日 高校1年の女子のふたえまぶた のカウンセリング
「 平日なのに 学校はどうしたの? 自主休校したの? 」 と訊いたら

気胸になり入院 通常なら 管を入れて空気を抜くだけだが 彼女の場合 検査の結果 2週間 入院して肺の薄い部分を切除  7日の月曜日から 学校に行くようだ

「 たぶん 初日の登校の日 クラス中のみんなが きみの周りに集まってきて声をかけてくるよ その日だけね きみのことが珍しいから 」



彼女の話を聞いているうちに
ジョニ 小学校2年生のときに 3週間 入院していたことを思い出した

遠い過去のことで いつの季節のことかも思い出せない 


運動会の予行演習で 50メートルの徒競走


となりのコースの同級生 中西クンと接触 もつれて転倒 左側頭部を地面に強打

地面に叩きつけられたとき その衝撃よりも 生まれて初めての "déjà-vu"
を体験したことが強烈な記憶になっている


結局 脳震盪で 小学校のとなりの病院に そのまま即入

 
入院した病院には小児科の病棟がないため おとなの患者と同じ病室に入れられた

痛くて眩暈めまい が止まらず ずっと号泣


緑色のりんごを1つ となりのベッドの患者のおじさんからいただいたのを覚えている


3週間後退院 母に付き添われての 登校



そのとき 同級生全員がジョニを囲んで いろいろ 声を掛けてくれた

昼休みには 女子のお誘いにのって ハンカチ落とし など 楽しい時間を過ごした

突然 自分がクラスでいちばんの人気者になれた気がした


だが 
早くも翌日には それが幻想だったことを思い知らされた

次の日 クラスメートはジョニに無関心 だれもわたしに声を掛けてくれなかった
もちろん 昼休みにも ジョニのことは 放置プレー



あの 幼少のほろ苦い記憶が 彼女の話を聞いて よみがえってきた



posted by 美容外科医ジョニー Plastic Surgeon Johnny at 12:10| フランクフルト | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月07日

ジョニ 同じ夢にずっと悩まされる

これで何回目だろうか

きょう4月7日の朝
また同じ夢をみた

10年以上にわたって ひょっとすると50回ちかく 同じ夢をみているかも

夢の内容は だいたい同じもの

ジョニの大学時代 日常の雑事にかまけて 学校に行かず 授業に出席せず 

ふと学校のこと 単位のこと 授業の出席点のことが気になり大学へ


そこで級友に会い ノートをコピーさせてもらい

あまりの講義内容の進み具合に 驚き

このままでは 試験にとても合格しない
進級できない 

うわ〜〜〜 どーしよう・・・


で だいたい 目が覚める

そもそも 出席が足りないと ペーパー試験の受験資格がない ということには 夢のなかでは わたしはいつも 気がついていないのだ

夢をみながら これは夢だろ  って気づいている場合もあるし 最後まで 冷や汗かいて ドキドキしながら 気づかないことも多い

これは現実のことだったが

医師国家試験のときにも 毎日 麻酔が終わらない 公衆衛生が見終わらない

など 1日 26時間くらい勉強した

つまり 自分のたてた予定がおわるまで寝なかったので

同じファミレスに  早朝 夕方 深夜 と1日3回通ったこともしょっちゅうだった

翌日の早朝 また おなじ店に顔を出し 前日のウェイトレスがいたら気まずいなぁ とどきどきしたのを覚えている

自分の記憶力の限界を毎日 試される6年間だった


そのトラウマが いまだに癒えてないのだ と自分では解釈している

一生のうち これほどまで勉強したのは この6年間が 最初で最後だろう

今年2018年も3月19日に医師国家試験の合格者が発表になり 多くの研修医が病院に勤務する季節を迎えたが


合格者 ひとりひとりに それぞれ ドラマとともにトラウマがあるのではないか



posted by 美容外科医ジョニー Plastic Surgeon Johnny at 17:26| フランクフルト | Comment(1) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする