2017年01月03日
幸せってなんだろ
昼食どきの和食店
となりのテーブルに 8ヶ月過ぎの男児がカートに乗せられてやってきた
正月なのに母親と思しき女性と二人きり
あれっ パパはどーしたん?
アンパンマンの前掛け 白地に青の半袖ボーダーTシャツ
まんまる顔 血色良好でご機嫌
あたりをキョロキョロ
すかさず 舌をぺろぺろ出して 彼の反応をうかがうジョニ
ありゃ
スルーされちまった
あたまの上でぷークマさんの小さなぬいぐるみがぷらぷら揺れる
母親と思しき女性30代後半 ややふっくら はジョニと同じ、刺し身と鶏唐揚げ定食をオーダー
髪の毛をつかまれ 引きずられるように ジョニの想いは どうしても入院中の老母へと飛んでゆく
こうやって母も わたしを慈しんでたんだろうなぁ
母はわたしを産んだころ、明日 食べる米にも事欠く有様だった と聞く
赤ん坊の父親は東大法学部卒で無職
いつも その時のジョニより半年 1年 年長の子供を見つめていた母
もう少しで うちの子はあのくらいになる
あと1年で あの子みたいに小学生だわ
彼女の唯一の生きがいが わ た し だった
本妻を見返してやる とばかりに 孟母となって
幼稚園の頃から毎日 ジョニは漢字のドリル 算数や頭脳パズルをやらされた
本妻の子より学校の成績がよいことが なぜ仇討ちになるのか いまだによくわからないが
おかげで 進学校の高校でも、ずっと成績は良かった
たぶん 幼少時の母の教育なしでは 国立大医学部に入学できなかったろう
でも モトがさほど聡明でない ジョニ
両親揃った、ふつうの家庭に生を受けていたら ふつうの大学を卒業して
ごく平凡なサラリーマンになっていただろう
学童から中学生まで のびのび遊んで会社員になるのと
元旦以外には遊べなかった辛い少年時代を少しだけ恨めしく思いながら医師になるのと
どっちがジョニにとって幸せだったんだろ
しかも
人格の形成や躾 世間の常識を彼女から教えられなかったから それらはいまでも心もとない
それでもジョニ、高校生のときは 古文が好きで息抜きだった
漢文を白文にして 返り点(レ点、一二三点、上中下点) を書き込むのが日課だった
楊貴妃と玄宗皇帝の長恨歌は今でもそらんじている
いまだに連理の枝、比翼の鳥となるべき相手は見つからないけど
年齢相応にヤレた中年カップルを見ると 羨ましい
自分は間違っても こんな伴侶は選べないから
何かを得ると 何かを失う
自由と引き換えに ジョニは結婚はあきらめた
輝くような若さ みんながチラ見するいい女は連れ回すけどなんか虚しい
「人生で判定なんかどうでもいいことだよ」
『ビストロスマップ』の2016年12月最終回でゲストのタモリ(71才)は、冗談めかしてそんな独り言を言った
わたしもそう思ってしまう
人生が充実して後悔していないなら 判定はどーでもいい
他人が決めることではないから
タモリはそう言いたいのだろう
ジョニの どーでもいい はさらに こうつけ加えたい
人の目なぞ意識しないで やりたいことだけ やる
それが社会道徳に反しようと そうでなかろうとも
すべてのことに投げやりな姿勢で
だから判定などできるはずもないのだ
それは 婚姻関係にとらわれない生き方を選んだ母から影響を受けているのかも知れない
きれいなおねーさんといっしょにいても
ファーストクラスに年6回搭乗しても
和洋の美味しいモノを味わっていても
心は虚しい
チャラい業界 ジョニもチャラい
でも となりの母子を眺めていると 涙が止まらない
悲しいでもない 苦しくもないのに
なんだろうね
まわりが正月で緩んでいると 自分も緊張感が途切れているのか
わたしを医師にして あちこちでそれを自慢していた母
美容外科医になったことも少しは母への恩返しになっているのだろうか
ジョニと離れて入院の母の人生は それで幸せだったのだろうか
たぶん 彼女と会ってこの質問をぶつけても にっこり「あなたのおかげで楽しかったわ」と笑うだろうけど